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死とは何者なのか

駄文および長文。
読みたい方はどうぞ。
ほとんど自分自身へ語りかける内容ですが・・・
割りと素直に書いてみたつもりです。

人は死ぬ。

これを書いている私も、これを読んでいるあなたも。

もしかするとあなたがこの駄文を読んでいる頃には、私はもう死んでいるかもしれない。

もちろん私は私自身の死期が近づいたことを悟ったわけでもないし、これから自ら死ぬ予定も無い。

ただ、死というものは無駄にせっかちで気まぐれなものでもある。

高校に入学してすぐのことだった。とある同級生が地元の海で溺死した。

私も含め彼の周辺は彼の死を誰も予測していなかっただろう。

もちろん彼自身もそうであったかもしれない。

こんな感じに死は突然訪れる。

多くの人は訪れる保証はできない未来の予定を立て、その準備のために貴重な時間を消費する。

そのことを馬鹿にするわけではないし、その中に私も含まれていることは承知だ。



私の記憶の中で最も古い死へ恐怖を呼びおこす出来事は、祖父の死だった。

まだ小学生だった私は「おじいさんが死んだ」ということをあまり理解できぬまま葬式に参列した。

実の父を亡くした母の表情は暗く、参列者も皆暗い表情をしていて怖かったのを覚えている。

それでも私はまだ祖父の死を本当に理解することはできなかった。

小学生の私には不可解で未経験な葬儀が終わり、ついに祖父の棺を火葬場へと運び出す瞬間までは。

祖父の棺が家の玄関を出た時、初めて祖父の死を実感し理解し、そして悲しんだ。

葬儀の際は全く涙を見せなかった私は、火葬場までの短い道のりの間ずっと泣いていた。

とにかく悲しくて寂しくて、泣くことが我慢できなかった。

もうあの優しくて、それでいて立派な人物に会えなくなったことがとても寂しかった。

そして祖父を送り出した晩は怖くて寂しくて眠れなかった。

祖父の死後しばらくは毎晩そう感じていたと思う。

しばらく経って祖父の死を受け入れることができるようになってきた。

今でも私は祖父の仏壇や墓に手を合わせるときに、一言ちょっとしたことをつぶやいている。

本当に他愛もない話、例えば親戚のおじさんのおみやげ美味しかったよとかそんな感じの内容だけれども。

そして生前と変わらない調子で声をかけ、返事が聞こえるかちょっと耳を済ましてみる。

自分の中ではそんな行為ができるようになるとその人の死を受け入れる事ができたのだと思っている。



大体一年前になる。今度は父方の祖父を亡くした。

近場に住んでいるから週末にはよく一緒に何処かに出かけたりもした。

優しいおじいさんだった。大酒飲みで気がついたらカップ酒を開けているような人だった。

そんな祖父が弱っていくのを眼にして、私は恐怖は感じていなかった。

祖父は自分の死期が遠くない事を悟っていて、自身の死後の準備をきちんとしようとしていた。

今までやり残したことを幾つかやり遂げ、その幾つかを実現できぬまま彼は逝った。

その中で私の心に残っていることが1つある。

入院してしばらく経って祖父は祖先のことについて父も聞いたこともないことを言い出した。

「祖先は(地元の山奥にあった)A城に所縁がある」といった内容だ。

あんまり正確に覚えていないが、とにかくAという古い城に祖先が関係していたといった内容だった。

ちなみにAには私の苗字が入る。

ただ私の苗字は珍しく、地元のその苗字の人間(たしか5世帯もいなかったはず)は血縁的にはどうであれ、遠い親戚同士らしい。

以上のことからありえないことは無いことも無いといった話であった。

とにかく関係があるかどうかは分からないが、祖父はその古城跡に興味を持っていた。

そこまで遠いところでは無いが、城跡の周辺は荒れていて弱った祖父と共に行くのは無理だった。

結局、祖父はその城跡に死の前に行くことはできずに亡くなった。

それ以来、私は少しそのことが気になっている。

おそらく祖先との直接の関係は無いだろうが、祖父が亡くなる前に興味を抱いていたものの正体が気になる。

ほんのちょっとではあるが調べてみたりしたり、時間があればそこにいってみたいとも思う。


こんなふうに、故人の思い出や共に過ごした出来事を振り返るようになれば死への恐怖はなくなっていく。

もちろん死への恐怖が無くなるわけではないが、また別の感情がそこには存在する。

亡くなった者への尊敬と親しみ。この感情を言葉で表現できないが確かに存在する。

それは私はまだ不完全ではあるだろうが2人の死から学んだ。

そしてこれからも学ぶことになるだろう。

そして自分自身の死によって誰かが学ぶことになるかもしれない。

私にとって死とはそのような存在だ。



・・・また1つ、身近な者の死が訪れようとしている。

その時に私は何を感じるのかはわからない。

しかし、今まで学んだようにそれに接するつもりだ。

それしか私にはできないから。

テーマ : なんとなく書きたいこと。。
ジャンル : 日記

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